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会社情報

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国際航業の歴史

航空写真測量のパイオニアとしてスタート

日本の民間航空の草分け、日本航空輸送株式会社(昭和14年、大日本航空株式会社と改称)は、終戦によって事業継続が不可能となり、分割されることになりましたが、その一部を継承し、設立されたのが、当社の前身、三路興業(のちに国際不動産株式会社に改称)です。
戦前、航空写真測量技術は軍や政府が所有するところでしたが、戦争による疲弊と連合国軍の接収によって、終戦直後は皆無といってよい状態でした。復興に必要な航測技術がないことに注目した三路興業は、1949年(昭和24年)、日本の航空写真測量のパイオニア、日本航測株式会社を設立、荒れ果てた国土の再建に乗り出しました。

同社は順調に規模を拡大、1954年(昭和29年)には資本の強化と業務領域の拡大を図るため、国際不動産と合併、国際航業が誕生しました。
合併後、新会社は航空写真測量事業を積極的に推進しました。海外の最新鋭機器の導入、「国際航業型空中三角測量方式」といった新技術を開発するなど、航空写真測量業としての技術基盤を強固なものにしていきました。

総合建設コンサルタントへ事業を拡大

「もはや戦後ではない」と言われた昭和30年代に入り、新長期経済計画が発表され、わが国は復興期から成長期へと移行しました。当社は東海道新幹線、東名高速道路などのインフラ整備や、1960年(昭和35年)から始まった国土基本図作成事業を受注、事業規模が一層拡大しました。
そこで1958年(昭和33年)に市ヶ谷本社を建設、生産体制の拡充を図ったほか、わが国初の電子計算機による空中三角測量解析を開発、需要に応えました。ちなみに業界で最も早くコンピュータを活用、生産の自動化やシステム化を推進しました。また、西日本のニーズにも応えるため、1962年(昭和37年)には、大阪支店・宝塚測量所を設立、全国展開の足がかりとしました。
昭和30年代に推進された我が国の相次ぐ大型プロジェクトにともない、地質調査、土木・建設コンサルタント等のニーズが生まれ、当社も昭和30年代後半から、これらの分野へ参入を果たしました。

1962年(昭和37年)、建設コンサルタント部門を設立、「道路の国際」と言われるほど、業界でも抜きん出た存在となりました。
一方、同年設立された地質課では、「写真判読技術」を利用した砂防調査、地質学的な見地による地下水・地盤沈下調査など、当社独自の技術で注目を集めました。

また、海洋分野においては1959年(昭和34年)に海洋調査用電波測距儀、1964年(昭和39年)に海底地層探査機を導入し、参入に向けた基盤づくりを行いました。
そして1964年(昭和39年)、建設コンサルタント登録規定の制定と同時に、当社は鋼構造およびコンクリート、港湾及び空港、道路、上水道および工業用水道、地質、都市計画および地方計画の6部門で登録を申請し、建設コンサルタントの基礎を整備しました。

組織、設備を大幅に増強

昭和30年代後半、航測業界は競合会社の乱立と公共投資の抑制によって不況を迎えました。当社は組織や社内管理体制の合理化に取り組み、企業体質の強化に務めました。そして、不況が一段落した1966年(昭和41年)から、再び拡大路線へと転じ、次々と施策を実施してきました。
最初に営業網の全国拡大に着手、1970年(昭和45年)に仙台支店、1971年に福岡支店を開設、それぞれ技術部門を併設し、全国4拠点体制を確立しました。続いて分野ごとの強化を行い、航空写真測量以外の事業のテコ入れが行われました。社内体制の充実もあわせて行われ、受注増に対応すべく、1,000名体制としたほか、大型図化機、メインフレームの導入、世界でも有数の技術センターと言われた日野技術所を設立するなどの積極的な設備投資を行いました。
また、関連会社として、共立航空撮影株式会社(4社による共同出資)等を発足させ、生産体制の強化を図りました。

道路台帳で売上を伸長

1972年(昭和47年)から50年代前半のオイルショックによる不況時を切り抜けた当社は、新しい時代に対応すべく、コンピュータを利用した商品の開発志向を強めていきました。
そのきっかけになったのが、1979年(昭和54年)に導入された「CGIシステム(解析図化機-CGI-自動製図機)」です。大量の道路台帳の作成が可能になったのはもちろん、デジタルマッピンク技術の基礎を固めることにもなりました。また、社内の人材育成のため、社内の研修体制や組織の整備が行われました。さらに1980年には、東京本社・東北本社・関西本社・九州本社と改称、中央集権から地域重視の体制へと変更しました。これによって時の道路台帳ブームをキャッチ、当社は大きく業績を伸ばしました。

さらに高みを目指して

国際航業は1980年ころからオルソフォトを用いた地形解析をはじめ、さまざまな解析を手がけるようになり、防災や環境保全などの分野で多くの成果を上げてきました。さらに2000年ころから登場したレーザスキャナによって、迅速に高密度・高精度な数値標高モデル(DEM; Digital Elevation Model)が作成できるようになり、より高度な解析が可能になりました。
一方、1980年代後半から始まったGIS(Geographic Information System:地理情報システム)への取り組みは、2000年以降、「Genavisシリーズ」やマーケティングGIS「EarthFinder」などのシステムとして結実し、地方自治体から民間企業など、多くの方々にご活用していただいています。

このように国際航業は、情報の取得、解析、利活用を高度化し、地理空間情報コンサルティングのリーディングカンパニーとしての地歩を築きました。
また、2010年前後からは太陽光発電を始めとする再生可能エネルギー事業、屋内測位、気候変動対策など、さらに新しい事業や技術にも積極的に取り組み始めています。
経営的には2006年(平成18年)に、証券会社を傘下に持つ日本アジアグループ(2015年5月、東証一部)傘下となりました。

これからも当社は、エネルギー、社会インフラ、防災・環境保全のノウハウを活かし安心で安全なまち「グリーン・コミュニティ」を先導し、グループのシナジー効果も活用しつつ、時代の一歩先を見据えながら、進化し続けます。